本年度は、カシュブ語(形態)統語論に見られる言語接触による構造変化を、言語類型論的な側面から研究を行った。具体的な主要テーマは以下の通りである。 1)過去時制におけるbe動詞現在人称形の省略について カシュブ語を含めた西スラヴ諸語のレヒト諸語の過去形(praeteritum)L分詞+be動詞人称形において、be動詞現在形を省略し、その代わりに人称代名詞を用いる現象について、その原因と傾向を共時的、通時的に分析した。分析の結果、本来ペルフェクトの意味を持っていたL分詞+be動詞人称形が、ペルフェクトの意味を失い現在との連続性を示さなくなったことによりbe動詞現在形の省略が生じたことを論じた。このことを背景に、ペルフェクトの意味を持つ所有完了がドイツ語から借用され、時制システムに導入されやすかったことについても論じた。この研究は、Juznoslovenski filolog (2010年)に掲載された。 2)具格と共格の融合について 本研究ではスラヴ諸語の一部に観察される格形式の融合について論じた。具体的には、前置詞S+具格が、共格と具格の双方の意味を表しうるスラヴ諸語において、この融合は自発的に生じる変化ではなく、常にゲルマン諸語あるいはロマンス諸語との言語接触によって生じることを、文法化理論を枠組みとして実証した。この分析結果は「言語接触においてその構造変化は予期できない」という通説へのアンチテーゼである。この研究は、Bernd Heine教授(ケルン大学)との共著論文としてJournal of Historical Linguisticsに掲載される(査読済、2011年掲載予定)。 その他、カシュブ語の所有文、半所有文、所有完了、受容者受動構文について類型論的な枠組みで論じた博士論文「スラヴ諸語における所有文-その構造と派生的構文の比較・類型論的研究-」を2011年3月に提出した。
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