本研究は、日本語母語話者と非日本語母語話者において、無声歯茎破擦音[ts]と無声歯茎硬口蓋破擦音[tc]の区別に有効な音響的特徴と生成範疇境界を明らかにすることを目的とする。さらに、その音響的特徴と生成範疇境界について、日本語母語話者と非日本語母語話者の間における比較を行う。また、破擦音[ts]と[tc]の音響的特徴および生成範疇境界を、先行研究で得られた摩擦音[s]の音響的特徴および生成範疇境界と比較する。これにより日本語における破擦音の音響的特徴の総合的理解を得、その知見に基づく日本語音声教育への寄与を目指す。本年度は破擦音[ts]、[tc]の判別に有効な音響的特徴を特定するため、日本語音声コーパスから抽出した音声を用いて検討を行った。同時に、破擦音[ts]と混同されやすい摩擦音[s]についても比較した。破擦音[tc]、[ts]、摩擦音[s]に1/3オクターブバンドパスフィルタを適用し、平均強度、および、それを用いて破擦音[tc]、[ts]、摩擦音[s]間の判別分析を行ったときの誤判別率を求めた。その結果、いずれも3150Hzと4000Hzを中心周波数とする周波数帯域における平均強度が、破擦音[tc]を破擦音[ts]や摩擦音[s]から区別する音響的特徴として有効であることが明らかになった。それと同時に、この周波数帯域を含めたすべての周波数帯域における平均強度が、破擦音[ts]と摩擦音[s]の区別には有効ではないことも明らかになった。しかし、先行研究にて破擦音[ts]と摩擦音[s]は、摩擦部の「立ち上がり部の時間長」と「定常部+立下り部の時間長」という2変数によって区別できることが分かっている。よって、[tc]-[ts]-[s]の3子音の区別は、摩擦部の「立ち上がり部の時間長」と「定常部+立ち下がり部の時間長」の2変数と、本研究で有効性が示された3~4kHzの周波数帯域の平均強度を組み合わせることで可能になると考えられる。今後は、日本語母語話者と非日本語母語話者を対象に生成実験を行い、母語別の生成範疇境界を特定する予定である。
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