中古語複合動詞における語講成の特色を明らかにするため、中古語では生産的でありながら中世以降生産性が著しく低下する複合動詞を分析した。本年度ではその中から「まさる」を後項とする「V-まさる」、「見ゆ」を前項とする「見え-V」を分析し、そこに形成される意味関係を考察した。「V-まさる」の中古語の用例を分析した結果、その用例の名くは視覚によって知覚できるものの量の増加を捉えたものや主体の心理的な動作や変化の増加を捉えたものであり、「遊びまさる」「泣きまさる」など行為の程度の増加を捉えたものは非常に少ないことが分かった。このことにより中古語では物の量や心情等の増加を捉えた表現がより発達し、行為の程度の増加を捉えた表現はあまり発達していたかったことが分かる。中世以降「V-まさる」は生産的ではなくなるため、量の増加から程度の増加を表す表現へとは発展しなかったということが窺える。また「見え-V」の生産性の高さには相手の姿を「見る」のではなく「見える」、また自分の姿が相手に「見える」というような当時の婉曲的表現の発達が背景に存在することが確認できた。これらは視覚による把握に基づく複合動詞表現と見ることができると思う。このような複合動詞表現はこれまで研究がなされていないため、中古の複合動詞研究の記述として貴重である。また、認知言語学の考えを援用することによって、古典語研究の領域から脱し、一般言語学との接点を求めることが可能になった。
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