本年度は昨年度の研究成果を踏まえ、視覚動詞が複合動詞を形成する例である「~見る」について考察した。その結果、古代において「見る」ことと「知る」こととは現在よりも密接に結びついており、現代語においては存在しない視覚動詞「見る」を後項とする複合動詞が数多く形成されていたことが確認できた。現代日本語では視覚動詞「見る」「見える」が複合動詞を形成する場合、「見る」が前項に来る「見~」は生産的であるが、後項に来る「~見る」、また「見える」が形成する「見え~」「~見える」は全く生産的ではない。しかし、中古では現代日本語とは異なり、「見~」だけでなく、「~見る」「見え~」も一定の生産性を持っていた。ここに現代とは異なる中古での語構成法のあり方が窺える。そのうち「~見る」は「見る」ことから「知る」ことへの拡張を通じて生産性を保っていたと考えられる。中古における「~見る」の形成する意味構造には現代日本語における「見る」の文法化形式である「てみる」と共通する、「状況の変化とその結果の把握」というものがあると考えられるが、中古では許容されていた「動詞連用形+動詞」の形が衰退し、現代では「動詞連用形+て+動詞」の形が一般的になっていることにも、複合動詞の語構成法の変化が介在していると思われる。これまでの複合動詞研究は共時的に意味構造や構成要素の意味を解明することのみが行われ、歴史的な視点から語構成法の変遷を考察するまでには至っていなかった。本研究ではその基礎的研究として、中世や現代とは異なる中古独特の語構成法の洗い出しを行い、一定の成果を上げることができた。しかし、その要因の解明には至っていない。
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