研究概要 |
昨年度に引き続き,無アクセント方言の自由会話音声資料を収集し,ピッチパタン,モーラ持続長などの基本的な音響的特徴の分析を進めた。次に,無アクセント方言におけるイントネーションの特徴である「尻上がり調」について,知覚の観点から検討を行った。昨年度より被験者の範囲を広げた聴取実験によって,標準語の上昇調と無アクセント方言の尻上がり調は句末の上昇の度合いによって聞き分けられることを確認した上で,聴取者の母方言が無アクセント方言であるか否かによって,この二者を区別する閾値が異なることを指摘した。母方言が句末イントネーションの知覚に影響を与えることは新たな知見であるといえる。 また,アクセントの標準語化および「平板+上昇」の音調の獲得についてアンケート調査を実施した。単語を聞き分ける調査では,若年層の約90%がアクセントに基づいて単語の区別を行っており,標準語化が進んでいることが明らかになった。その上で,首都圏の若年層において先行部分が平板に発音されることが知られている「~じゃね?」の無アクセント地域における使用について分析を行った。たとえば,頭高名詞+頭高動詞が先行した「雨降んじゃね?」では,無アクセント方言話者では「雨」「降ん」の両方を平板化する言い方が有意に多く選ばれた。一方,標準語アクセントを獲得した無アクセント地域の若年層では「降ん」のみを平板化する言い方が有意に多く選ばれた。このことから,無アクセント地域の若年層は,標準語アクセントを獲得した後,首都圏で広がった新しい表現として「じゃね?」の平板化を獲得したと推測され,首都圏の若年層にみられる平板を伴う同意要求表現は,無アクセントの平板+尻上がりの音調をそのまま適用したものではないと考えることができる。この知見は,同意要求表現の音調の観点,無アクセント地域のアクセントの様態を探る観点の二点で有益であると考える。
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