本研究では、統語部門から音韻部門への写像の特性と、Prosodic Hierarchyと呼ばれる音韻規則の適用領域を規定する階層構造の諸特性を、理論的な観点から考察することを目的とし、計算効率という一種の経済性の原理が統語と音韻の写像関係に対して課されるという考えのもと、現行理論において表示上で規定されているProsodic Hierarchyの諸特性に対して、統語派生の循環性の観点から原理的な説明を与えることをめざしている。当該年度においては、前年度までに得られた記述的な一般化に加え、Intonational Phraseとトピック、重名詞句移動、並列された形容詞表現の関係を考察した。これらの考察にもとづき、昨年度までに定式化したProsodic Hierarchyの派生的形成に関する理論的道具立てに若干の修正を加えた。具体的には、統語部門から音韻部門への写像において、ひとつ前の写像のステップまで見ることができるが、それ以上前のステップの情報にアクセスできない、という、計算の負担を減らす条件を提案したが、派生のステップとして、Prosodic WordとPhonological Phraseの形成を二つのステップに分けるのではなく、一つのステップと考えるべきであるとの結論に至った。この際、Prosodic Hierarchyの各階層が線形化の際の原始概念に相当する、という帰無仮説で捉えることができるということが分かった。この枠組みでは、韻律部門の自律性も、計算の負担を減らす条件により説明されることになる。このように、従来の理論では説明されることなく規定されてきた事柄が派生にもとづく理論により説明が与えられることになる。
|