研究概要 |
Saito(2007)は空主語や空目的語のような空項が項削除の例であり、phi素性一致が存在しない言語にのみみられると主張している。本研究は言語理論に則った第二言語習得研究であるため、空代名詞ではなく項削除という観点から新たに予測をし、実験方法を考え直す必要が生じた。日本語や韓国語のような冠詞を持たない言語は、項削除を許すが、それはphi素性一致が存在しないからであり、一方、英語やスペイン語のような冠詞を持つ言語はphi素性一致がみられるため、項削除を許さない。つまり、スペイン語のような言語における空主語は空代名詞であるといえる。したがって、空主語や空目的語に関してsloppy読みが可能かどうかということは上記の二項対立を支持する。Sloppy読みが可能かどうかは異なる目標言語を習得する際、空要素に関する中間言語の発達の解明につながると考えられる。また、これまでの第二言語習得研究では日本語の空要素は代名詞として検証がされてきた(Wakabayashi 2002,Yamada 2005,Kizu 2011)。もし日本語の空要素が空代名詞ではないとすれば、日本人英語学習者が英語では空主語や空目的語が許されないことをどのように理解するのかを再び検証する必要がある。以上を踏まえ、本研究では日本人学習者(初中級レベル23名)の英語データとスペイン人学習者(中級下レベル19名)の日本語データを収集し、比較をした。統制群として英語・日本語ネイティブ話者(各11名)が参加した。新たな予測は、日本語における空項は項削除によるものであるので、空主語や空目的語は、解釈可能であると判断されれば、日本人英語学習者の文法ではsloppy読みが許されるが、スペイン人日本語学習者の文法では許されない。実験方法は文法性判断タスクで、絵を提示して文脈(sloppy/strict読み)を設定し、それを説明した文(空主語・空目的語を含む)が可能かどうかを判断させた。結果は、日本人学習者はスペイン人学習者よりも主語・目的語の両位置でsloppy読みを許した。Strict読みでは、スペイン人学習者の方が日本人学習者よりも高い割合で許容した。これは、スペイン人学習者が日本語の空要素を空代名詞と解釈しているとすれば予想されうる。学習者が目標言語の文法に到達する引き金になるものは、おそらく英語では冠詞や動詞一致の肯定証拠かもしれない。一方、日本語では一致や冠詞がないため肯定証拠がない。したがって、日本人学習者の英語習得はスペイン人学習者の日本語習得に比べ、より容易かもしれない。
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