本研究では、19世紀の蝦夷地統治機構である箱館奉行所・開拓使とその支配官吏の思想・経験や、彼らの思想・経験が実際の蝦夷地統治政策に及ぼした影響に関する具体的な分析を行い、蝦夷地支配の根幹にある幕藩制国家体制内における「異域」の位置付けの変化に関して検討を行った。 具体的には、北海道立文書館、北海道立図書館、北海道大学附属図書館北方資料室などが所蔵する箱館奉行所関係資料、開拓使関係資料、奉行所吏員の日記・手控え記録の調査・複写作業、蝦夷地訪問者の日記類等翻刻資料の調査・購入と、その解読・分析作業を行った。 その成果として、箱館奉行所支配における蝦夷地やアイヌ民族は、近世幕藩体制における「異域」という位置付けから幕藩体制内へと明確に包摂されること、その過程においてアイヌ民族の「御百姓化」が目指されたことを明らかとなった。 一方、開拓使支配においては、当初は幕藩体制的枠組みの継承が試みられたが、黒田清隆長官時代には、「平等原則」のもと近世的なアイヌ民族への「撫育」といった保護政策は全面的に否定される。これは、国民国家的な意味での内包化であり、幕藩体制的な内包化とは大きく性格を異にするものである。 また、開拓使支配初期には、開拓方針をめぐる内部対立があり、アイヌ支配もその対立と深く関係した。その対立とは、仁政的アイヌ支配を主張した松本十郎と、領土的保全の優先を主張した岡本監輔の差異であり、結果的には黒田を中心とする開拓使首脳部はその両者を切り捨てるかたちで、蝦夷地の開拓とアイヌの内包化を進めていったことが明らかとなった。
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