本研究は、「書」文化の伝播に重要な役割を果たした「法帖」を取り上げ、その需給が最も拡大した清代における刊行事業の分析を通じて、従来の清代書法史の再検討を目指すものである。特に、清朝の最盛期である康煕~乾隆期に焦点を絞り、清朝皇帝による法帖刊行など種々の「書」活動の実態を解明することによって、皇帝権力と「書」文化との関係を明らかにする。本平成22年度は、まず(1)基礎作業として、清代に刊行された法帖のデータベース構築に取りかかった。『叢帖目』・『中国法帖全集』等の法帖関係資料を基に、帖名・刊行年・刊行地・刊行関係者・帖の内容等を項目として逐次データ化を進めた。未完成ではあるが、直隷・山東など北方における刊行ならびに内府や官衙による刊行が増加しており、蘇州・松江など江南地方での民間による刊行が大半を占めていた明代とは異なる傾向が指摘できる。次年度もデータの増強に努めたい。次に、(2)康煕年間を中心に皇帝と「書」との関係について重点的に調査した。『皇朝通志』巻116~121には、入関後から乾隆51年(1786)までの内府で刊行された種々の法帖や全国各地で刻石された夥しい量の御書が列挙きれており、それらの地域的拡がりを跡づけることができる。また、起居注や奏摺等の档案資料により康煕帝の日常的な「書」活動を追うことによって、上述の御書伝播の実態の一端を明らかにし、更には康煕16年(1677)の南書房の設置が書法史上でひとつの画期をなしていることを指摘することができた。(3)本年度の現物調査は東洋文庫・国立国会図書館など国内の諸機関に限った。国外調査は次年度に実施することとする。(4)本年度の成果報告として、「明末の海寧陳氏一族とその法帖刊行について」を発表した。明末清初期に活躍した海寧陳氏一族を取り上げ、特に静嘉堂文庫所蔵『玉煙堂帖』の検討を通して、彼らの刊行事業の実態を詳述した。
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