研究概要 |
縄文時代の人々が高度な植物利用技術を有していたことは一般的に理解されつつある。しかし,それぞれの種の利用が「いつ」,「どのように」始まったのか,縄文時代以降の「環境変遷史」とどのように関係していたのか。これらの諸点については十分には議論されていない。そこで,縄文時代の遺跡出土植物遺体などの^<14>C年代測定を重点的に行い,資料の帰属年代を明確化していくことが必要不可欠である。 平成23年度は,以下の4項目の分析を重点的に進めた。 1)宮崎県都城市王子山遺跡および鹿児島県中種子町三角山I遺跡から出土した土器内面付着炭化物の分析 2)宮崎県都城市王子山遺跡の炭化植物遺体の^<14>C年代測定 3)福井県若狭町鳥浜貝塚の縄文時代草創期のウルシ材の^<14>C年代測定 4)東京都東村山市下宅部遺跡ウルシ内果皮および関連試料の^<14>C年代測定 三角山遺跡および王子山遺跡の縄文時代草創期の隆帯文土器の付着炭化物の分析を進めた。これについてはAAA処理までを終了し,24年度に測定を行う予定である。王子山遺跡の炭化堅果類と炭化鱗茎類については^<14>C年代測定を実施し,特に鱗茎は縄文時代草創期の年代を示し,縄文時代最古の事例であることを確認した。鳥浜貝塚の草創期のウルシ材については,これが間違いなく草創期であることを^<14>C年代測定によって確認し,ウルシが晩氷期にすでに日本列島に存在していたことが明らかになった。下宅部遺跡のウルシ内果皮の^<14>C年代測定によって,縄文時代中期から後期にかけて遺跡周辺にウルシがあったことが確認できた。なおこれらの得研究成果の一部については2011年7月にスイス・ベルンで開催されたINQUA(International union for Quaternary Research)の国際会議で研究発表を行った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
23年度には,福井県鳥浜貝塚のウルシ材および宮崎県王子山遺跡の炭化堅果類・鱗茎について非常に重要な測定結果が得られ,縄文時代の最古段階から外来種・栽培種と考えられているウルシが日本列島に存在していたことや,縄文時代的な野生植物利用が南九州ではすでに開始されていたことが明らかにできたため。
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