西アジアでは現代社会の基層ともいえる都市文明が世界に先駆けて成立した。それには初期農耕社会における物資管理システムの成熟が不可欠であったが、貯蔵活動の痕跡はこれを直接的に反映する考古学的証拠といえる。本研究は、貯蔵活動の時空間的な変異を見直し、物資管理システムの生成過程を正しく跡づけることを目的としている。平成22年度はシリア・アラブ共和国北西部に所在する新石器時代の巨大集落、テル・エル=ケルク遺跡における物資管理システムの復元を目指して、同遺跡で発見された大型貯蔵施設の資料整理とデータ解析を実施した。具体的にはまず、筑波大学が保管している遺構や出土遺物の実測図等を整理し、発掘調査記録のデジタルデータ化を進めた。さらに、9~10月と3月の2度にわたって現地で保管されている遺構内出土遺物を調査し、そこで新たに作成した実測図や観察記録等についても、帰国後より順次デジタルデータ化を行なった。デジタル化したデータのうち、実測図等については研究上の資料操作に耐えられるよう画像処理ソフトによって加工を施し、観察記録等は表計算ソフトを用いた簡便な統計処理等による解析を進めた。また、過去の発掘調査によって得られている資料をもとに、集落内における大型貯蔵施設と他遺構、あるいは周辺遺跡との比較・検討を行なった結果、超世帯的で公共的な性格ともいうべき貯蔵施設の特異性が浮かび上がってきた。このことは、文明形成への大きな原動力となった社会・経済の複雑化の過程において、テル・エル=ケルク遺跡が時代の最先端に位置していたことを物語っている。
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