本年度はこれまでの調査結果を踏まえて、物資管理システムと社会経済的・文化的差異との関連性を考察し、研究成果の総括に努めた。 かつて自身で発掘し、かねてより分析に取り組んでいたシリアの新石器時代巨大集落テル・エル=ケルク遺跡でみられた、集約的かつ超世帯的な物資管理活動に対して、前年度参加したアゼルバイジャンの同時代集落ギョイ・テペ遺跡の発掘調査、あるいは前年度と本年度に参加したトルコ・カイセリ県での遺跡分布調査を通して得られた物資管理活動に関する証拠は、決して少なくないものの極めて分散的であった。資料を検討した結果、両者の違いは生業戦略の差異による移動性の高低と関連することが窺えた。農耕・牧畜による生産経済が完成したこの時代、人びとは居住環境に応じて通年定住して行なう農耕や季節的移動を伴う移牧・遊牧などの生業戦略を使い分け始めたとみられる。集落での物資管理システムも移動性に応じて選択され、たとえば定住性の高い集落では集約的管理による物資流通の効率化、移動性の高い集落では不在時における物資の安全な保管が図られるといったように、様々な方向へと発展したようだ。 ケルク遺跡で推測できるような集約的な物資管理は、後の都市経済の先駆的様相を示すといえるが、双方をつなぐ発展過程は決して一系的ではなかった。生産経済の確立に支えられた初期農耕牧畜社会では生業戦略の多様化とともに物資管理方法の選択幅も広がっていたと想定できる。その多彩な物資管理技術のなかから、やがて後の複雑社会に対し最適化された物資管理システムが選択され、都市経済に引き継がれたものと考えられる。
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