モンゴル国ヘンティー県ムルン郡では、2007年の時点で家畜所有者が都市部の定住地域へ移住する傾向が見られていたが、その傾向は継続していた。ここでの移住はモンゴル国の草原地域における牧畜の終焉と定住化を意味するものではなく、新たな形で牧畜が維持されるものであった。都市へ移住した家畜所有者は日常の家畜の管理を草原に留まっている牧夫に託し、時折草原を訪れて必要に応じて牧夫に指示を出していた。 こうした状況にあって、草原地域における携帯電話の普及は更なる変化を引き起こしていた。草原地域におけて携帯電話が使用可能となったことで、定住地に居住する家畜所有者と草原に留まっている牧夫との間の意志伝達のあり方にも変化が引き起こされていた。調査地の草原地帯において携帯電話は2008年から使用可能となり、安価に入手できるということもあって草原地域において急速に普及した。その結果、定住地に居住するようになった家畜所有者と草原に留まっている牧夫との間の情報や指示の即時的な伝達が可能になった。 また、都市への移住は、家畜生産物の売却に関しても変化を引き起こした。現金収入を得るために行う家畜の処理を専門業者に依頼するという事例を聞き取ったが、これは、取引に関わる時間的損失とそれに伴う家畜生産物の品質の劣化を避けることが目的であり、取引費用を引き下げるために行われるものである。 このように、現在のポスト社会主義状況下のモンゴル国の牧畜社会において、「第2の大転換」と解しうる事態が進行している。
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