本年度は、主にバルカン地域における「ロマ/ジプシー」の政策と彼らの帰属意識、インド起源説の伝播に関する現地調査(平成22年8月11日~8月31日)と、「ロマ/ジプシー」のインド起源に関する資料収集と文献調査を行った。 (1)ギリシャのロマの歴史と帰属意識 1980年代まで国籍が正式に与えられていなかったロマだが、社会で成功する者もおり、全体としてギリシャへの帰属意識が強い。移動の経路が異なりロマニ語が話せないルーマニア系のロマ、ギリシャを中心に移動していたロマ、アルバニア系移民ロマなど、同じ「ツィガン(ジプシー)」と呼ばれる集団内の差異がロマ全体の連帯を困難にしている。海外の情報に触れる機会が多いロマほど、インド起源説になじみがあり、特に音楽を生業とするロマの間では、(インド起源の)「ジプシー」というカテゴリーが新たなアイデンティティ形成と生業の資源となっている。 (2)ルーマニアのロマの歴史と帰属意識 構造的なロマ迫害の歴史があり、社会にはロマに対する差別意識が根強い。マイノリティ教育の一環としてロマの教育が進められており、ロマの社会進出も見られるが、依然としてロマ集団内の貧富の格差が大きい。ロマの下位集団間の結びつきは薄く、インド起源説は教育を受けたロマの間で浸透している。ブカレストを中心にロマの生業に関する調査も行った。 (3)「ロマ/ジプシー」のインド起源に関する文献調査 19世紀のヨーロッパとインドのジプシー政策に影響を与えた文献[Hoyland 1816 ; Crabb1832]、ジプシー=インド起源説を否定するラディカリストの文献[Willems 1997]、ジプシーのアイデンティティの変遷を論じた文献[Mayall 2009]、中東、近東のドムとロマの起源についての新説[Marsh2008]を入手し、現在の「ロマ/ジプシー」のアイデンティティ構築の歴史を検討した。
|