本研究には2つの目的がある。第1の目的は、植民地朝鮮において日本人実業家の富田儀作が行った高麗青磁復興事業と、彼の一族による朝鮮工芸品の世界流通、およびそれらが今日の高麗青磁の認識や制作に与えた影響を明らかにするという、史実の究明と地域研究への貢献である。 第2の目的は、これを通して人類学、特に植民地研究、エージェンシー論、物質文化研究へ理論的に貢献することにある。実業家と呼ばれる多面的な活動を行う人びとは、植民地の文化に介入し、植民地を脱した現在の文化にも影を落とす存在であった。だが、その活動の多面性(ないし複雑さ)ゆえに研究に時間がかかり、後回しにされてきた経緯がある。申請者は、硬直が見られる当該分野の諸議論に対し、これまでの議論の偏りを修正する立場から、第二段階の研究を展開し、発信していく。 本年度には、日韓両国において富田儀作や高麗青磁の制作史・制作誌に関する文献資料を収集し、それを分析した。分析において主な観点となったのは、同時期に植民地朝鮮で朝鮮工芸品の評価および復興を試みた柳宗悦や浅川兄弟に関する先行研究との比較である。柳や浅川兄弟は、朝鮮工芸品のなかでも李朝白磁や木工芸品に主たる関心を示していた反面、富田は、高麗青磁だけでなく、螺鈿工芸や編物細工と深く関わっていることが明らかになった。富田は、実業家という立場で朝鮮工芸品に関わったというだけでなく、こうした関心対象の特殊性においても、先行研究があつかってきた過去の人びととは異質だったということが分かってきた。ただし、富田と柳のあいだには、無視できない交流の軌跡が見られ、彼らの活動は同時代的に相互に影響を与えながら進んでいたことも、同時に明らかになってきた。
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