研究概要 |
平成25年度は、これまでの研究における主たる問題に立ち戻り、ICS事件貴族院判決([1998] 1 W.L.R. 896)以降、判例および学説が、契約書解釈における締結前交渉過程の証拠の許容性を活発に議論するに至った背景と、その過程で現れた問題点を検討した。その結果、つぎのことが明らかにされた。 ICS事件貴族院判決において、Hoffmann判事は、契約書に外在するが、その解釈に関連する一定の事実ないし事情が「背景」にあたれば、契約書解釈において証拠として許容されることを、原則的に承認した。他方で、同判事は、契約書解釈における締結前交渉過程の証拠の許容性を否定した。その後、Chartbrook事件貴族院判決([2009] UKHL 38, [2009] 1 A.C. 1101)でも、同判事は、締結前交渉過程の証拠の許容性を再び否定した。同判事は、締結前交渉過程の証拠排除の趣旨は、契約紛争の迅速かつ効率的な解決の実現や第三者保護などにあると説明した。しかし、これらの論拠は説得力を欠くものであるとの批判が、学説からは相次いだ。契約書解釈での締結前交渉過程の証拠排除の当否をめぐる議論は、現在も続いている。 他方、ICS事件貴族院判決でHoffmann判事も述べたように、締結前交渉過程の証拠は、契約書の補正rectificationの関係では、許容されている。そこでは、裁判所が、契約書の訂正の基準となるべき当事者の意思をいかに認定すべきかが、問題となる。契約書の補正においては、当事者の真の意思の探求の要請と、当事者が締結前交渉過程を争点化することで契約内容をめぐる紛争が蒸し返され、契約履行の強制可能性が損なわれる懸念とが、拮抗する。関連の判例学説を検討した結果、契約書の補正という救済手段の存在意義が、契約書解釈による実質的補正との関係で改めて問い直されている状況が、明らかとなった。
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