本年度は、計量経済学の推計手法を学び、具体的な独占禁止法事例の考察に応用すると共に、争訟手続における実証研究の利用について検討した。まず、計量経済学の基礎的文献を精査して回帰分析を学び、R(統計ソフト)を使って基本的な実証を自ら行うことができるようになった。労働経済学分野に具体的応用事例を求め、家庭内労働、所得格差の連鎖に関する実証研究を、学部生向け授業で講義した。独禁法に特化した実証研究のセミナーを開催し、落札率と入札の競争性の関係、合併効果の分析手法のアップデート等について研究した。その成果の一部は、落札率の変化を談合の終期認定に用いた重要事件の紹介として公表した。実証研究の成果を受け入れる独禁法の側は、課徴金対象行為の拡大及び審判制度廃止法案によって近年揺れているため、これらの法改正(案)が実証研究の争訟での利用にどのようなインパクトをもたらすかを検討した。その結果として従来明らかでなかった以下の二点を解明した。第一に、裁判所と公正取引委員会とで実証研究の利用方法に差異があり、前者ではある程度評価の確立した実証研究しか採用されない可能性があるが、後者においてはより実験的な研究成果も、新たな経験則として採用されうる。すなわち、公正取引委員会は専門的経験則を補充し、アップデートしていく役割を担う。第二に、事実認定にかかる裁判所と行政機関の役割分担(実質的証拠法則及び行政裁量)を、計量経済学的発想によって再定式化できることである。すなわち事実の存否が連続変数的に決まるか、2値変数的に決まるかで、裁量の有無を判別可能である。最後に、再販売価格維持に関する実証研究のサーベイを行い、再販売価格維持の競争促進効果を示す実証研究で、信頼できるものはないことを明らかにした。これらの先行研究をアップデートする方法について引き続き検討中である。
|