今年度は、経済学と法学との対話を促進する方法を検討すると共に、経済学の経験的知見が信頼できる形で得られない場合の独禁法適用のあり方について検討した。第一に、なぜ同じ問題について意見の対立が発生し、意見を異にする者の間で議論がうまく成立しないのかを、心理学・政治学の知見を用いて分析した。意見の異なる他者を理解するには、法的推論過程において、事実の明白性・曖昧さの認識、各人の持つ事実命題の違い、政策的志向の違いをチェックする必要がある。経験則からして事実関係が明白だと考える立場は経済理論への依拠を必要としないが、相対的に事実関係が曖昧だと考える立場は経済理論への依拠を強める、という判決に見られる現象を説明できる。第二に、異なる意見の者同士がより生産的な議論をするには、政策的志向を操作する方策を取るべきであることを提唱した。いかなる学問も、選択的情報処理を行うことを前提としているから、異なる情報に基づいて判断を下す者同士で議論を成立させるためには、両者の結論が重なる領域を創出する必要がある。独禁法の解釈論的帰結としては、買い手のニーズに対応する市場全体での柔軟性を保護することが独禁法の目的であるという形で、目的解釈を変更することになる。これらの研究成果は、国際シンポジウムで報告し、英文で成果を公表した。最後に、独禁法ルールの背景となる一般的な事実命題が、経済的知見をもってしても曖昧な場合の対処である。曖昧さをめぐって争いがある場合には、経験則(実証分析の蓄積)と経済理論のそれぞれの射程を見極めることによっていずれかに依拠するかを決める。他方で、科学的知見の曖昧さについて意見の一致がある場合には、曖昧さをどこまで許容するかは法政策の側が社会的要請も考慮して決定するという立場が有力である。今後さらに検討を進め、公表済みの成果も合わせて2013年に日本語で学会報告を予定している。
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