当該年度に実施した研究では、EUの地理的表示制度を研究対象とした。地理的表示とは、飲食料品などのいわゆる産地ブランドを保護するための知的財産権であり、世界的に見てEUにおいて最も完成度が高く大規模な制度が展開されているところ、我が国においては焼酎、清酒について限定的に導入されているに過ぎず、現在はその本格導入の是非が論議されている。本研究では、EUの地理的表示制度の実相を把握することを目的として、EUにおいて、地理的表示の登録要件が具体的にどのように理解されているか、具体的にどのような審査が為されているか、登録された地理的表示がどのような範囲で保護されているのか(具体的にどのような行為が地理的表示の権利侵害となるのか)等の問題について検討した。その結果、EUでは地理的表示の権利者に極めて強力な権利が付与されているにもかかわらず、幾つかの重要な登録要件については、必ずしも厳密な判断基準が確立しておらず当局にとって思いのほか裁量の余地が広いこともあり、現実には、地理的表示の認定はしばしば恣意的であるようであるという結論に到達した。なお、地理的表示の登録要件として最も本質的なものは登録商品の品質と産地との間の「関連性」であり、「関連性」が要件として要求されるのは、産地の自然的文化的特徴がもたらす産品の独特の品質や特性を保護するために産地名称等を当該産地の生産者に独占させるという、地理的表示制度の制度趣旨によるが、この要件についても必ずしも厳格な審査が為されているわけでもないことが明らかとなった。 かくして、本研究は、EUの地理的表示制度にあっては、その制度趣旨が貫徹されるような制度設計や運用が確保されているとは必ずしも評価することはできないことを明らかにすることで、地理的表示制度の存在意義について再検討する契機を提供することができると考える。
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