当該年度は、当初の予定通り、日英のおとり捜査に焦点を絞って研究を進めた。 イギリス法では、前年度に研究したRegulation of Investigation Powers Act 2000(以下、RIPAとする)がもたらす判例法への影響を検討した。 イギリスのおとり捜査に関する判例法を整理すると、(1)おとり捜査であったことは実体法上の抗弁にならない、(2)対象者の主観面ではなく、捜査官の行為態様(おとり捜査の必要性)から実体要件を定立している、(3)適切な監督体制を求めている、などがあげられる。RIPAは、(2)、(3)を担保するものとして位置付けられる。つまり、イギリスでは、捜査の実体要件を組織内規律で担保する仕組みを設けているということができる。 そして、このような観点からわが国の判例を整理すると、最決平成16年7月12日刑集58巻5号333頁において示されたおとり捜査の実体要件も、イギリスと同様に、捜査官の行為態様(おとり捜査の必要性)に着目して定立されているということができる。 わが国における課題として、実体要件を担保する仕組みをどのようにしていくかという点があげられる。本研究は、おとり捜査も、従前の令状主義によって規律することができること、さらに、おとり捜査が任意捜査であるとするのであれば、イギリスのように組織内規律もありうることを提唱した。 本研究の意義は、従来の議論がおとり捜査の違法論(と違法であった場合の法的効果)が中心であったのに対して、おとり捜査の適法性を担保するという発想の転換を提供した点にある。これにより、議論が錯綜しているおとり捜査の違法論とは独立して、おとり捜査の実体要件を論ずることができるようになったといえよう。
|