本研究は、経済活動に対する刑事規制の明確化・適正化のために、規定の文言が比較的抽象的な背任罪(刑法247条)を素材に、従来議論の中心であった「誰が背任罪の主体なのか」という点ではなく、「どのような行為が背任罪となるのか」を明らかにしようとするものである。本年は、背任罪の行為態様である「任務違背」と、結果要件である「財産上の損害」についてそれぞれ研究を行った。 1.「任務違背」については、近時の判例において、任務違背がより実質的で重要な要件として取り扱われていること、そのような傾向は基本的に支持できることを明らかにした。また、具体例として、不正融資を素材に検討を加えた。以上の成果について、日本刑法学会のワークショップで「不正融資と経営判断の原則」として発表し、「不正融資に対する刑事責任」阪大法学61巻3=4号843頁以下も発表した。また、松原芳博編『刑法の判例 各論』、成瀬幸典=安田拓人=島田聡一郎編『判例プラクティス刑法H各論』においても、研究成果について触れている。 2.「財産上の損害」要件については、前年に引き続き、日本とドイツにおける文献・判例の検討を中心に行なった。日本において、「財産上の損害」要件は詐欺罪を中心に展開されてきており、現在では詐欺罪独自の議論になっていること、背任罪独自の議論としては昭和58年の最高裁判例が登場以後は活発ではないが、問題は多く残されていることを明らかにした。他方、ドイツにおいては、この問題についての判例が登場し学説の議論も活発であることが明らかになった。そして、このようなドイツの状況が、日本法との差異を踏まえた上でも、極めて有益な示唆を与えるものであることを明らかにした。研究の成果については、「背任罪における財産上の損害要件について(一)」において発表した。
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