2010年度は、ドイツ法における履行不能概念・法理の生成面に主に焦点を当て、沿革的検討を行った。不能概念に関しては、19世紀半ばのサヴィニー・モムゼンよる理論的精緻化の後、ドイツ民法のキューベル部分草案においてほぼ完成を見るに至る。もっとも、その内容を仔細に検討すると、各論者の見解には、その内容的共通性も認められる一方で、看過しえない断絶も存在していることが明らかとなった。具体的には、原始的不能に関する法的効果の導出根拠を、サヴィニーは債務の性質論に、モムゼンは意思理論に、キューベルは目的物の客観的不存在から法的効果に見出している。これら相違は、不能法理を他律的と捉えるか自律的と捉えるか、また、演繹的で固定的なものとするか政策論的で柔軟な運用を認めるかという視角から区分でき、それぞれを不能法理に関する理論モデルとして位置付けうることが判明した。また、後発的不能については、導出根拠よりも、むしろその外延確定に顕著な差異が見られた。これは、不能を規範的概念と見て評価余地を広く残すか、より狭い概念として措定するかという問題と関連するものであり、やはり先の理論モデルの帰結にも影響をもたらす相違である。 以上のような検討から、ドイツ民法制定時点において、既に、不能法理の基礎付け・射程につき異なる理解があり、それが今日における不能学説の混迷の端緒となっているという仮説を提示した。これらを踏まえ、上記仮説を論証し、その止揚可能性に向けて、上記理論モデルと今日の議論状況との偏差を検討する作業を継続中である。
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