本年度は、事業包括担保を伴う融資取引による中小企業の資金調達について、米国の議論の検討を行いその研究成果の一部の日本語での公刊作業を開始すると共に、日本の議論を英文で整理し両者の比較研究の基盤となるワーキングペーパーを作成した。具体的検討内容を要約すれば、以下のとおりである。 第1に、米国の中小企業に向けた有担保融資取引では、事業のキャッシュフローに注目したいわゆる財務諸表融資と、事業が保有する資産の価値に注日したABF(Asset-based Financing)に分けられる。古典的な取引類型では、この両者は明瞭に峻別されており、差異は、融資時の評価にとどまらず、その後のモニタリングを前提とした期限利益喪失条項によるテクニカル・デフォルトによる貸主の撤退戦略にも明瞭にあらわれている。財務諸表融資が、財務制限条項を中心とした構成をとるのに対し、ABFでは理論上は財務制限条項は不要で目的財産の管理と処分態様に関するコベナンツのみで運用されうる。担保の機能も前者が債務者支配のメカニズム(レバレッジ)としての機態に重きを置くのに対し、後者は債権回収機能に重きを置く。ただし、1980年代以降は、両者の混淆が見られる。また、債権回収手段は、担保権実行のみによって達成されるわけではない。リファイナンスや事業譲渡を含めた撤退手段が想定されている。なお、この点での期限利益喪失粂項の機能については、不動産担保との比較も有用である。 第2に、わが国との比較に関して重要であるのは、わが国の中小企業向け融資がいわゆるメインバンクシステムの伝統を色濃く残している点であり、明示のコベナンツがほぼ採用されてこなかったことに表れているように、撤退ポリシーに米国との差があることである。
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