特に,新たな進展が期待される脳神経科学に関して,それを巡る法的・倫理的問題を対象とし,国内外の研究者との情報交換を通して,海外における議論を中心に基礎的資料の収集及び整理を行った。本年度は,研究最終年度ということもあり,研究成果の整理を行った。平成24年11月においては,アメリカ犯罪学会に参加し,アメリカ法上における脳神経科学研究と法を巡る議論に関して,基礎的資料の情報収集を行った。現在,関連文献を翻訳し,その内容を検討している段階である。また,一昨年より継続して取り組んでいたドイツ刑事法上の脳神経科学研究を巡る議論に関して,現時点での調査内容をまとめ,論文というかたちで公刊した(「治療を超えた脳神経科学の臨床応用(ニューロ・エンハンスメント)に関する刑事法的規制の問題 : R. Merkel による試案の検討を中心に」静岡大学法政研究17号2号152頁以下)。この論考においては,純粋に主観的な精神状態が刑事法上の保護客体に含まれていないことから,ニューロ・エンハンスメントを可罰的とすることは,解釈論上,困難であるというドイツの議論が紹介されている。それにもかかわらず,被施術者の意思に反する非自発的なニューロ・エンハンスメントに関しては,可罰的であるという学説も存在する。確かに,認知面・感情面において拡大しつつあるエンハンスメントの重大な社会的影響というものを軽視してはならない一方で,それに対して法的規制を実施するべきかの問題は,慎重な検討を必要とすることが当該論考では,示されている。また,関連する事柄として,ドイツの先端科学研究の倫理問題を取り扱うミヒャエル・フックス(編)「Forschungsethik」の翻訳に共訳者として携わり『科学技術研究の倫理入門』が刊行された。この翻訳書には,脳神経科学研究の倫理的問題が取り扱われている。
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