研究課題/領域番号 |
22730171
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研究機関 | 高知大学 |
研究代表者 |
森 直人 高知大学, 教育研究部・人文社会科学系, 准教授 (20467856)
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キーワード | ヒューム / 経済思想 / 経済人 / 18世紀 / 英国 / 利己心 / 共感 |
研究概要 |
本研究は、経済学「成立」直前期の社会哲学を検討し、抽象化したその後の経済学の諸前提の問い直しを試みるべく、英語圏最大の哲学者D.ヒュームにおける人間像の再検討を行う。そこでは、自己利益の思想史上の画期とされる彼の哲学における、利他心と共感の重要な役割を示すことで、自己利益を自明の前提とする以降の社会諸科学の潮流を問い直す一つの視座の構築が目指されている。この計画のうち、 1、本年度の第一の課題である利他的な情念に関するヒュームの認識について、定式化を行いその成果を公表した。具体的には、『人間本性論』・『道徳原理の研究』・『道徳・政治・文芸論集』を検討し、この論点に関して『人間本性論』に彼の思想の特質が最も顕著に表現されているとの把握に至り、この著作の分析に基づいて、ヒュームにおいて、利他的な情念が利己的な情念に比肩する重要性を持つという試論的な解釈を論文の形で公表した。 2、他方で、本年度の第二の課題である「幸福」の概念の検討は必ずしも順調に進捗していない。その理由の一つは、『道徳・政治・文芸論集』の論述の特質から、幸福に関するヒュームの主張の正確な見極めが難航していることにある。しかし主要な理由は、より重要と思われる次の論点の発見にある。 3.すなわち、「正義」と「共感」の関連というトピックの発見であり、これは「幸福」の概念とも関わりを持つ上、経済学の諸前提の問い直しという本研究全体の目的からより重要と考えられる。報告者は、本年度後半にこの論点の検討を行い、規則の遵守を非常に重視する「消極的な正義」の論者と捉えられるヒュームのうちに、規則形成の局面において「共感」を通じた共同性が見られるという解釈を導き学会発表を行った。この解釈は、自己利益の追求に関して社会的な規則形成の次元における共同性が重要となるという新たなヒューム解釈を導き、経済的な人間理解や「幸福」理解に対しても、本研究の本来の計画とは別の角度からの考察へとつながる可能性を持つものと考えられる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
以上の自己評価の理由は以下の二点に基づいている。第一に、当初の計画の核となる部分について一定の成果を収めた点(研究発表・雑誌論文参照)、第二に、当初の計画の一部について進展が滞っているものの(『道徳・政治・文芸論集』における幸福の概念の内容に関して未だ有効な解釈を定式化できていない)、それと関連する新しい重要な論点を発見し、その論点に関する研究が予想以上に大きく進展している点である(共感に着目した正義の規則の再検討、研究発表・学会発表参照)。
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今後の研究の推進方策 |
今後も、『道徳・政治・文芸論集』の諸論説を基盤とした、幸福の概念内容に関する検討は継続される。しかし今後は、本研究全体の目的からより重要と思われる、正義の規則形成における共感の役割と利益追求に関する共同性をめぐるヒュームの認識を、研究の中心的な課題とする。正義の規則の形成において共感がどのように関わるのか、その関わりの中で、人々の自己利益の追求はどのようにして共同性を獲得して行くのか、その視点から、従来のヒューム解釈、さらには「経済人」に関する経済学成立以降の社会科学的な認識についてどのような問い直しが可能となるか、こうした点について、『人間本性論』および『道徳原理の研究』の記述を中心に、検討を進める。
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