本研究は、現在に至る主流派の経済学で想定される人間像との関連においてヒュームの人間像を解明することを目的として行われてきた。これについて本年度は、年度当初の「交付申請書」の研究実施計画に予め記載した通り、当初の計画を一定部分変更して研究を行った。具体的には、当初ヒュームの『道徳・政治・文芸論集』の議論を中心に「幸福」をめぐる彼の理解を抽出し、さらに経済的な行為主体に関する彼の認識を総括することが本年度の計画であったのに対し、本年度期首の変更に従い、ヒュームにおける「正義」と「共感」の関係という、本研究の目的に対しより重要と思われる論点の検討を行った。 その具体的な研究実績として、次の三点を挙げることができる。第一に、ヒュームにおける正義と共感の関係に関する解釈内容の深化である。具体的には、この論点に関して昨年度末に行った学会発表について、エディンバラおよびグラスゴウの各大学の図書館を利用して先行研究等の検討を行い、国内外の研究者からの幅広い助言を得て、その内容を深化させた。そこにおいては、共感と正義の関係が思想史上(たとえばアリストテレスとの関係において)有しうる意義や、ヒュームの政治・経済論および歴史叙述に対して構造的連関を有する可能性について検討が行われた。第二に、同時代の思想家、具体的にはアダム・スミスにおける共感と正義の位置関係との比較を行い、この論点に関するヒュームの思想の特質をさらに深く検討した。また第三に、これらの論点の背景として、ミラー・ニューロンの発見と関わる「共感」についての現代の諸学の潮流についても若干の検討を加えることができた。 なお、これら本年度の研究内容については、未だ学会発表や論文の形で成果を公表するには至っていないが、現在、複数の論文の形で公表に向けた準備を行っている。
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