前年度に構築したモデルをもとに執筆した論文を国内外で報告するとともに、国際雑誌に投稿した。論文の特徴は、1)ユール過程という確率過程にしたがって新しいセクターが生まれるということを仮定し、2)資本財をモデルに導入したため、技術進歩の方向の違いによって需要の飽和速度の労働市場に与える影響が異なるのか否かを分析できるようになったこと、3)需要の飽和速度の違いによって利潤と賃金の分配にどのような影響がもたらされるかを分析したことである。得られた結果は、実質賃金率を賃金で購入することのできる各財の数量で定義し、供給の要因(生産性上昇率やセクターが生まれる確率など)が不変である限り、1)技術進歩の方向に関係なく、確率的に生み出されるセクターが生産する財に対する需要の飽和速度が速ければ速いほど、実質賃金率の成長は低く抑えられること、2)国民所得に占める利潤の割合は飽和速度の違いに関係なく長期的には同じ水準に収束するが、初期段階では飽和速度が速ければ速いほど利潤の割合が高くなること、である。この理論的結果は、1990年代以降のアメリカの労働市場のパフォーマンスを必ずしもパズルと呼ぶことができないことを示唆している。1990年代以降に生まれた多くの財・サービスに対する需要の飽和速度は、いくつかの実証研究においてそれ以前に生み出された財・サービスと比べて速いことが指摘されている。本研究の結果は、現実的な仮定のもとで得られたものである.また、所得分配に関する結果の意義としては、特に2000年代以降、アメリカにおいて利潤の割合が高くなったことが指摘され、その要因として原油高などが指摘されたが、需要の飽和速度が速い状況の下では利潤の割合が高いことが自然的な傾向として得られることを指摘した点にある。
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