研究概要 |
本研究では,家計の金融資産選択に個人資産所得税が与える影響を実証的に分析し,2013年度末で廃止される予定の上場株式等の配当・譲渡益等に対する10%の軽減税率(廃止後は20%)が家計の有価証券保有に与える影響をシミュレーションした。分析に際して,前年度行った分析の問題点として,(1)従来のストックデータを用いた金融資産需要関数の推定では,扱うデータの都合上,資産の価格変動が非常に大きく,家計が実際に行う取引の影響が課題に推計されてしまう恐れがあること,そして,(2)理論モデルと異なり,期待収益率ではなく実現した収益率を説明変数として入れた分析を行っていることを指摘し,それらの問題を解消するために,(1)については,同じ理論モデルからフローベースの需要関数を導出することによって,フローデータによる推定を行い,(2)については,特に変動の大きい株式収益率については,2階の自己回帰過程モデルによって期待収益率を推計して用いた分析を行った。 分析の結果,軽減税率の廃止によって,株式の配当・譲渡益に対する実効税率は10%ポイント程度上昇するものの,金融資産(ここでは,預貯金と有価証券の残高合計としている)における有価証券のシェアは高々0.1%ポイント程度しか低下しないことが示された。したがって,個人資産所得税制は家計の金融資産選択にほとんど影響を与えていないといえる。この結果は,前年度に行った分析結果とも整合的であるが,前年度の分析では価格変動を含むストックデータで分析を行ったため,資産額が相対的に大きい高所得層における税制の影響が(相対的な意味で)最も大きかったのに対して,当該年度の分析は価格変動を含まないフローデータで行ったため,高所得層に与える税制の影響は小さく,低所得層に与える影響が相対的に大きいという結果が得られている。また,以上の結果は,株式収益と債券・預貯金収益の損益通算を考慮することで大きく変化する可能性があることに言及し,今後,損益通算を踏まえた分析が必要となることを指摘している。
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