本研究の目的は20世紀において地場産業都市がどのように国際競争力を維持してきたか、という点をドイツ・ゾーリンゲン市の金属加工業を事例に明らかにすることである。前年度は企業家の都市問題解決への参加の度合、という観点からゾーリンゲン金属加工業の企業家間の関係を分析し、同市では1920年代に金属加工業の企業家の間で緩やかな連携がみられた点を明らかにした。前年度の研究結果を受け、当該年度はそのような緩やかな連携がいかなる論理で維持され、また、企業家間の連携は刃物の生産・販売においてどのような形でみられたのかを明らかにした。これらの分析は、地域内の企業間連携を具体的に分析するという、研究実施計画の内容に即している。 都市問題への対処においてみられた企業家間の緩やかな連携は、企業利害と市全体の利害とが一致する、という企業家の認識によって維持されていた。つまり、市全体の環境の整備に協力することが最終的に自分の企業の利害に利益をもたらすことを、企業家が認識していたのである。ゾーリンゲン金属加工業の企業にとっては、ゾーリンゲンが刃物の国際的産地であり続けることが、ビジネスを行う上でも重要だった。ゾーリンゲンの金属加工業では「ゾーリンゲン」という名前そのものが地域ブランドとしての価値を持っており、その「地域」を守ることが各企業のビジネスにおいても重要だったのである。 そのため、企業家間の生産・販売面での連携は「ゾーリンゲン・ブランド」の維持においてみられ、その連携の度合は都市問題解決の場合よりも強かった。ゾーリンゲンで製造され、かつ一定の基準をみたした刃物に刻まれた「ゾーリンゲン・ブランド」は、中世のギルドの伝統を受けつつ、1937年に法的に定められたが、1960年代においても、金属加工業経営者組織や市の商工会議所などの組織によって維持された。企業家がこれらの組織のもとで、模倣品駆逐に共同で取り組んでいたのである。
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