本研究の目的は,日本=アメリカ=アジアの多様な工業化について,地方機械工業の視点から検討することにあり,本研究により,戦前期の日本機械工業の柔軟性が明らかとなった。1930年代に三井物産や三菱商事,その他中小商社を媒介として,原動機や工作機械などを中心に日本機械工業は,アジア市場に進出した。高級機械を擁する欧米製品の市場を侵食するまでには至らなかったものの,現地の中小工場などを中心にある程度の市場を確保した。その際に重要となるのが,商社と連携して構築したメインテナンスなどのアフターサービス事業であった。
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