研究概要 |
本研究は,19世紀末葉におけるアメリカ鉄道会社の複会計システムを多面的に分析し,その歴史的展開過程を実証的に検討するものである。複会計システムは,19世紀のイギリス運河会社・鉄道会社で生成・発展した特異な財務報告様式であり,アメリカ鉄道に伝播しなかったというのが会計史研究の通説であった。しかしながら,19世紀末葉におけるアメリカ鉄道会社の年次報告書を詳細に検討した結果,複数の鉄道会社が複会計システムを採用していた事実を発見するに至った。 本年度は,アメリカ巨大鉄道会社であるAtchison, Topeka and Santa Fe Ry. Co. を俎上にのせ,同社の複会計と連結会計を詳細に検討した。同社は1893年に倒産し,破産管財人の主導で再建されることとなったが,再建後第1期の財務諸表では,複会計と資本連結手続を経た連結会計を同時に導入していた。複会計システムに関しては,同社が固定費の圧迫や資金の窮乏という情況により倒産したことを勘案すると,運転資本をかなり重視していたと考えられ,複会計システムを導入する意義は充分にあったといえる。連結会計に関しては,資金の調達と固定資産への運用を対照表示する複会計システムの資本勘定を前提とすると,固定資産の実態を表示する連結会計が有用であったと考えられる。 アメリカ複会計システムの実態はまったく究明されておらず,また連結会計との関連も検討されていない状況で,本研究はアメリカ鉄道会計史の新たな解釈を提示するものである。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究で中心となる企業の年次報告書は,継続的に調査・収集しており,主要な部分での研究の遅れはない。資料は膨大な量になるため,表層的な判断にならないよう慎重な分析・検討が必要となるが,区切りごとに学会での研究報告・論文の公表・他の研究者との交流等を実施し,研究の再確認を行っている。また,研究上の特徴として,アメリカへの複会計システムの導入・定着・変容に関して会計の技術的側面だけではなく,変化を促した組織的・経済的背景をも分析の対象としている。この点に関しても,経営史・経済史の研究成果等も援用しながら研究を進めている。
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今後の研究の推進方策 |
アメリカ企業における複会計システムに関しては,先行研究が皆無といっていい状況にある。19世紀アメリカ鉄道会社の年次報告書は数百社存在し,かつ1社に対して数十年分を分析対象としている。年次報告書は,企業によっては200ページ程度の膨大なものとなっている。アメリカ鉄道会社の複会計システムの実態をより明確にするため,引き続き国内・国外図書館での継続的な資料調査・収集は必須のものとなる。一方で,分析がある程度修了した企業は,論文として積極的に公表していきたいと考えている。
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