満洲移民の戦後言説に関して、次の三つの研究を深めた。第一にソ連進軍後の満洲移民女性に対する戦時性暴力、第二に満洲縁故者による歴史和解に向けた公共圏の構築、第三に在満日本人の経験の類型化である。 第一に、満洲移民女性に対する戦時性暴力である。2000年代の満洲移民経験者に対する聞き取りを分析した。その際ソ連兵によるドイツ人女性の強姦を、強姦の予想、強姦の経験、強姦の結果、強姦の後に分け、各時期の歴史的文脈を分析したグロスマン論文にならった。まず戦前のジェンダー規範を考察した。単身女性にソ連兵による強姦の犠牲を強いる下地となったことを指摘した。次に出征兵士の妻ではなく単身女性が、強姦の被害者となったことを考察した。出征兵士と男性団員とのホモソーシャリティを明らかにした。そして強姦被害者が、開拓団の記憶から抹消される過程を考察した。最後に被害者が2000年代の聞き取りで、自らの経験を語った理由を考察した。 第二に、満洲縁故者による歴史和解である。ハルピン市方正県日本人公墓をめぐる日中の満洲移民縁故者の間の国際交流に関する多角的な検討を行った。具体的には主に次の4点からである。すなわち、(1)方正県に満洲移民引揚者が集結した経緯、(2)方正県の日本語学校が果たした役割、(3)日本人公墓建設を許可した周恩来の思想、(4)方正県の中国帰国者と親戚縁者の関係、以上の4点である。 第三に、在満日本人の経験の類型化である。まず満洲体験は満洲国以前の関東州(大連・旅順)居住者、満洲国の官僚・軍人と会社員、そして満洲移民の三者で異なることを明らかにした。その上で、満洲経験の出版物から三つの理念型が抽出されることを指摘した。すなわち(1)被害者の物語、(2)開発の物語、(3)ノスタルジアの物語である。関東州居住者に(3)、満洲国官僚・軍人に(2)、満洲移民に(1)が多いことを明らかにした。
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