裁判所(地方裁判所および高等裁判所)が公開している刑事事件として扱われた児童虐待の裁判例、公刊の判例集に掲載された判例(データ)58件を得ることができた(ブール代数による分析と対応分析等の計量分析に耐えうるデータ数を確保した)。判例を展望したところ、児童虐待事件において、特に死亡など重大で深刻な児童虐待事案の背景には次の6点が示された。まず、児童の年齢が低いほど虐待のリスクが高まる。乳幼児の場合には致死に至ることがある。次に虐待された児童に育児上の困難(例えば、身体的・情緒的発達に遅滞等)がある場合。3点目には、養護者の年齢が若年であること。4点目には、養護者が失業中あるいは求職中で経済状況が逼迫している状況にある場合。5点目は、親と子の接触時間が長い場合。最後に血縁関係の無い者(例えば、片親の恋人や再婚相手)との同居がある。虐待者のなかに自身も過去に親等養護者から虐待を受けていたことを示す判例もある。判例は、犯罪事実を事実として認定したものを示している。児童虐待のメカニズムは複雑多岐であり当事者への直接的調査が必要であるが、倫理的にも多くの課題がある。裁判における事実認定の作業に限界はあるものの、判例は児童虐待のメカニズムの一端を示すデータとして重要な役割を果たすと考える。判例の展望により示された6点の要因と児童虐待の結果(例えば、傷害事件において致傷と致死)の関連を計量分析により明らかにすることが今後の課題である。
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