本研究では、よく知られる3つのヒューリスティクスを取り上げ、これらが量刑判断に利用される可能性について実験に検討をしてきた。最終年度にあたる本年度は、当初、前年度までに取り上げてこなかった代表性ヒューリスティックの利用に関わる実験の実施を予定していた。しかしこれまでの実験データを再分析したところ、昨年度に行った調整と係留ヒューリスティックの実験結果にいくつか不明瞭な点が見られたため、予定を変更し、実験の見直しと追試を行うこととした。 具体的には、前回行った実験では、実験者が恣意的に提示した係留値に対しては、ヒューリスティックを用いた量刑判断が見られたものの、実験参加者自身が量刑判断とは無関連なことが自覚できる値(自身の学籍番号の一部)に対しては、同様の結果が見られなかった。これは実験参加者が、量刑判断にヒューリスティックを利用することについて、部分的には分別のある判断をしていることを示唆するものであった。しかし再分析を行ったところ、このような結果は、実験手続き上の問題に起因する可能性を否定できなかった。そこで手続きを見直した実験を行ったところ、実験参加者は、自身の学籍番号の一部という量刑判断とはまったく関係がない数値であっても、それを係留値としたヒューリスティック判断を行うことが示された。またこの結果は、実験参加者の認知欲求(努力を要する認知活動に従事したり、それを楽しむ内発的な傾向)の程度に関係なく見られた。これにより、裁判員の量刑判断が、根拠のない情報によって影響する傾向があることがより明確に示された。一方で今回の実験では、ヒューリスティックを使った量刑判断が行われたのちに、検察官や弁護人による主張を提示すると、ヒューリスティックを用いて行われた判断が修正される可能性を示すものであった。これらの結果は、裁判員裁判の実施方法に一定の示唆を与えるものだと考えられる。
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