本年度は前年度に日誌法によって収集した不随意な回想のデータを定量的に分析し,さらにまた,協同的な回想のデータを収集した。 まず,前者の不随意な回想については,高齢期にある調査対象者の一週間における回想の平均総件数は15.7件であり,3~21件にわたった。回想の総件数や回想した出来事の年代分布に基づき,調査対象者の回想を類型化した。出来事の年代分布の特徴は,調査対象者別に,総件数に占める各年代の件数の割合から捉えた。この割合の平均値を見ると,調査対象者全体では近年の出来事に次いで若年時の出来事の回想が多くを占めていた。しかし,類型別に見ると,近年の出来事を回想しやすい人と,若年時の出来事を回想しやすい人,まんべんなくさまざまな年代の出来事を回想する人など,調査対象者ごとに特徴的な傾向があった。したがって,調査対象者全体では,従来知られている新近性効果とレミニセンス・バンプと同様の特徴が見られたと言える。しかし,これら回想した出来事の年代の特徴は,個人内の差のみならず,個人間や状況の差に由来する可能性が示唆された。ただし,日誌法という課題要求の負荷や開示抵抗など,結果の解釈にあたっては,将来的課題を残している。 次に,後者の協同的な回想のデータは,一組の60代の高齢者夫婦に対して,集中的な夫婦間の協同回想を促すことで収集した。まず,夫婦双方にそれぞれライフライン(人生の経路を図示)を作成してもらい,ライフコース上の転機について説明を求めた。そして,互いの説明が契機となって生起した回想を述べてもらった。最後に,結婚や長子出生,退職などの標準的なライフイベントについて,協同で回想してもらった。その結果からは,高齢期にある夫婦間の日常的な回想の特徴が抽出された。すなわち,配偶者の想起に触発された想起,配偶者の想起の修正,配偶者の想起の承認,配偶者間の齟齬の解決などである。
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