研究目的:本年度は昨年度に引き続き、芸術家群を対象とした事例研究を行った。創造性が発揮される過程を「心的境界」の観点から明らかにすることを目的とし、インタビュー調査および心理検査の内容を質的に分析し、検討した。 研究方法:国内で活躍している芸術家に、半構造化面接と心理検査(ロールシャッハ・テスト)を実施した。面接内容は逐語化してテクストを作成後、心的境界の側面から、創造性の発揮過程をテクストの文脈を崩さない形でカテゴリー化した。ロールシャッハ・テストは片口法にてスコアリングを行った。 研究成果:創造性の発揮過程は主に、「感情体験(実体験、気づき、排泄など)」、「客観視(内面の置き換え作業など)」、「リサーチや観察(触発、説得力など)」、「現実世界(作品と社会との接点など)」、「作品の価値(昇華、作成目的など)」にカテゴリー化された。また、芸術家のロールシャッハ・テストに共通して見られる特徴として、知的生産性や知的機敏性が高い、自分に対する要求水準が高い、感情的に豊か、時に現実からの逃避を示す、濃淡や陰影を用いた反応が多い、直接的に自己愛が昇華された反応が多い、などが挙げられた。心的境界の観点から、芸術家は創造的な活動を通して、自己の内的世界―外的世界の境界が薄いという特徴を携えながらも、必要に応じて境界の厚さをコントロールできること、事象や感覚などに対する境界の曖昧さに耐えられる能力を有しておりそれを楽しめること、自分の内的世界を社会に受け入れられる形で表現することができ、そのことで積極的に社会とつながることが目指されていることが考えられた。これらは、心的境界の在りようと精神病理との結びつきを考える際にも重要な示唆を与えるものと考えられる。
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