本研究では、学校教育において育成する学力のあり方について、近年注目されている「リテラシー」という概念に焦点をあてて考察してきた。リテラシーとは、1880年代に登場した概念であり、もともと「文字の読み書き能力」を意味した。その後、学校教育における読み書き能力の育成のなかで、リテラシーの機能的側面(既存社会への効果的な適応)と批判的側面(既存社会の変革)とが浮き彫りにされてきた。本研究は、この二側面の統合のあり方について、歴史的な視点と現代的な比較の視点を用いて考察を深めることを目的とした。 本年度は、第一に、これまでの研究のまとめとして、機能的リテラシー論と批判的リテラシー論、それぞれの歴史的展開をとらえなおすことを試みた。その結果、両論の対立構造を乗り越える可能性を有するものとして、ユネスコの「自由としてのリテラシー」という発想を位置づけた。 第二に、現代的な比較の視点を用いて、近年のユネスコとの関わりもある「状況に根ざしたリテラシーズ」(situated literacies)論の特徴を検討した。従来のリテラシー教育がともすれば支配的な読み書きのスキルを普遍的なものとして普及させようとしたのに対して、「状況に根ざしたリテラシーズ」論は、読み書きの文脈の複数性に着目し、社会的関係性のなかで実践がつくりだされていくダイナミズムに光をあてる。この「状況に根ざしたリテラシーズ」論において、読み書きの状況として「ローカル」概念が強調される背景を明らかにした。そこには、グローバリゼーションの影響下で支配的なリテラシーが押し付けられる傾向に対する批判がある。一方、人々がローカルな文脈で独自の読み書きの実践をつくりだすことにリテラシーの機能性が見出される。その背景には、言語の多様性を保持しようとするリテラシーのエコロジカル・アプローチが関係していることが浮き彫りとなった。
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