討議倫理学における討議が成立する条件として、参加者の平等、相互尊重が挙げられる。しかし、現実世界のなかにこれらを期待することは難しい。今年度は、機会や権力が不平等に配分された現実世界において、そうした状況を克服していく教育的行為とは、どのように決定されるべきかということについて研究を行った。そのさい、同様の問題意識において展開されているM・ニケの「道徳の現実的討議理論」を手がかりとした。研究は次のように進めた。まず、討議の実現に関する教育学的研究の先行研究として、ドイツの批判的教育学(K・モレンハウアー及びJ・マシェラインの議論)を検討した。その問題点は、教育的行為を、操作的行為(戦略的行為)かコミュニケーション的行為かという二者択一で捉えようとすることであることを明らかにし、重要なのは討議の理念(コミュニケーション的行為)と関連しうる妥当な戦略的行為はどのようなものかを考えることであると指摘した。次に、このことを考える手がかりとして、M・ニケの「道徳の現実的討議理論」を検討した。ニケは、普遍化原則により「妥当」とされた規範は、現実世界において関与者が相互にその規範に従って行為できることが確証される場合に「遵守妥当」となること、「遵守妥当」とならない場合は、戦略的な「帰結規範」に従うべきことを論じている。最後に、ニケの理論に基づき、具体的な教育場面(話し合い活動を学校教育において定着させるという課題)を想定しながら、討議の理念(コミュニケーション的行為)と関連を持ちうる「戦略的な」教育的行為の描出を行った。
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