近代日本の哲学者・西田幾多郎(1870-1945)の思想は、これまで学問諸領域から多様なコンテクストのもとに参照されてきた。教育学の基礎研究としての本研究は、西田のテクストを人間の発達や変容を説明する人間形成論として読解し、教育学の分野から新たなコンテクストを設定しようとする試みである。最終年度に当たる平成25年度の研究実績の概要を示せば以下のようになる。 1.過年度より継続していた作業課題である新版『西田幾多郎全集』(岩波書店、2002-09年)全24巻の電子データ化が実現した。ただし、『全集』の発行所である岩波書店の権利を侵害しないため、電子データの利用は研究者本人に限定するものとする。 2.未解明な部分の残る西田の同時代的状況(歴史的コンテクスト)に関わる研究の一環として、「西田幾多郎による書の制作と贈与――松本厚への贈与作品の検討を中心に――」と題する研究発表を行った(北陸宗教文化学会第20回学術大会、2013年10月)。西田はその生涯に多数の書(墨蹟)を遺しているが、本発表では、『西田幾多郎遺墨集』(1977)の収録作品と同内容であり、かつ同書の編集過程では未発見であったとみられる作品一点の由来を報告するとともに、西田による書の制作と贈与の意義について考察を行った。この作品は、晩年の西田から松本厚(1904-1996、ギリシア哲学)に贈与されたと推定されるものである。西田の書については、これまで墨蹟そのものに焦点を当てた紹介や解説がなされてきたが、本発表では、西田による書の制作と贈与という行為を、同僚や後進など受贈者との関係のうちにある行為として捉え、こうした観点から墨蹟=作品を捉え直すことを試みた。当該作品については、後進に贈られたメッセージとして、西田自身の生き方や心境を示して後進を激励する意義を持つものであったとする人間形成論的観点からの考察を行った。
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