本研究は、脳科学を応用したカリキュラムの実践理論の構築を試みるために、学校カリキュラムに脳科学をどのように応用すればよいのか、その方法を明らかにすることを目的とするものである。初年度にあたる平成22年度の研究課題は、脳と教育の問題がどのような概念や手順で論じられているかを明らかにすること、また、研究の背景にある信念や研究仮説を明らかにすることであった。研究の結果、次の点が明らかになった。 まず、異分野の架橋・融合による学際的な分野として創出された「脳科学と教育」研究に携わる研究者が共有する方向性として、(1)イシュー志向への転換、(2)教育問題に直接貢献するための教育の脳科学への転換、(3)目指すべき社会の姿(というニーズ)からこれからの科学技術を考える遠視眼的な科学技術の発展・予測への転換、という特徴が看取された。 また、具体的な研究戦略は(1)基礎概念の生物学的定義の提案とこころの形態学の構想、(2)脳と環境の相互作用という脳認知発達における基本的視座の共有、(3)要素還元論から俯瞰統合論への転換という環学性の提唱、(4)特殊から一般へという研究アプローチの焦点化の四点にまとめられることが明らかになった。 さらに、これらの特徴に適合する注目すべきカリキュラムの実践として、特別支援教育におけるアセスメントの利用を挙げた。分析を通じて、知能の多元性、脳認知発達の非同期性・非線形性等の特徴や情動の役割に注目したCurriculum-based Assessmentの確立・利用が、従来の特別支援教育が主な対象に据えてきた障がい児だけではなく、外国人児童・生徒などのマイノリティや通常学級に在籍する児童・生徒の才能特性の発見・開発に資するものである、という見通しを得た。 本研究の今後の進展により、脳科学の見地から従来の学校教育を捉え直し、カリキュラムの個別化・個性化に理論的基盤を与えることが期待できる。
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