本研究はアメリカの教育哲学者ノディングズ(Nel Noddings)による「ケアリング(caring)」の教育理論を検討することを通して、我が国の学校における道徳教育およびシティズンシップ教育に対して、哲学的アプローチから一つのモデルを提示することを目的とする。 ノディングズは『ケアリング』(1984)で、道徳教育に関連して「感情と思考との間で成立する形態の弁証法」を提唱している。しかし、我が国の道徳教育の実践では情緒的側面が強調される一方、思考の側面からの道徳教育は不十分である。そこで本研究では教職課程の授業において、思考の側面からモラル・ジレンマを題材にした教材(お話)づくりを通して道徳性理解を図る実践を、「教職科目「道徳教育の研究」におけるモラル・ジレンマのお話づくり-教材としての物語づくりによる道徳の理解-」において検討した。 モラル・ジレンマのお話として学生がまず作成してくるものには、5つの課題が含まれることが多い。イ)家庭環境がもたらす心理的葛藤、ロ)-見価値葛藤に見えるが、実際には弱い心と強い心の葛藤であるもの、ハ)悪を悪で補おうとするもの、二)意志決定する中心人物が明確でないもの、ホ)意志決定させる行動が明確でないものである。こうした問題点を学生はノディングズが道徳教育において重視する「対話」を通して克服し、ケアの領域である医療や福祉、環境などを題材としたモラル・ジレンマのお話を作成することで、道徳性を理解した。この「対話」にシティズンシップ教育への展開の手がかりがあると考えられる。 また『子ども家庭のウェルビーイング』(2011刊行予定)では、「子ども福祉教育」についてその来歴をまとめ、福祉を学び実践する主体として、子どもが高齢者や障害者の「育ちと暮らしを支えるケアの技能」を学んでいる実践に言及した。このように、ケアの一領域は社会で主体的に活動する「市民」にその教育が求められていると考えられる。
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