2012年の中部教育学会第61回大会では、アメリカの教育哲学者ネル・ノディングズ(Nel Noddings) が、ケアする人を育む学校教育から、批判的思考を行う市民(シティズン)を育む学校教育へ転向したのか、もしそうならなぜかを明らかにすることを目的として発表した。1990年代以降、ノディングズは「強い」「ポジティヴ」な批判的思考を市民に求められるスキルとし、それが共同体の進歩に貢献すると見なしている。さらに批判的思考は、より善い方法で他者との結びつきをつくるために育まれるべきであり、対話とならんでケアする人に求められると考えられている。したがって、ノディングズはケアする人とシティズンの育成を分けて考えていたのではなく、あくまで他者との結びつきを前提として、ケアする人であるシティズンに求められるスキルとしての批判的思考に注目したと言える。 教育哲学会第55回大会では、ケアの倫理を再び哲学的に論じたネル・ノディングズの『母性的要素』(2010)を、『ケアリング』(1984)に見られる諸概念と比較検討した。結論として『母性的要素』は、「ケアリング」をそれまでの伝統的な倫理学と結びつけて捉え直そうとした意欲作といえる。たとえば両著作では、「ケアすること(caring-for)」と「気にかけること(caring-about)」の区別について、出会わない人にケアはできないが、気にかけることは可能であるとされている。しかし『母性的要素』においては、問題が大きく対処できない場合には、国家という集団の責任(collective responsibility)の概念を認識し、「ケアに操作された正義へのアプローチ」を促す道を提示しているからである。 中部教育学会での研究成果を改めてまとめなおし、日本デューイ学会第54号紀要に投稿した。またこの投稿論文を含めた発表原稿を報告書として印刷した。
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