本研究の目的は、育児と転勤命令・異動配転命令の可否をめぐって争われた4件の裁判を題材に、ワーク・ライフ・バランスの意味が、企業や従業員からどのように捉えられ、その捉え方に矛盾や齟齬が生起し、争訟にまで至った場合に、裁判所はどのような判断を下したのか、具体的争訟に沿って明らかにするにとである。本年度は、4件の裁判(帝国臓器製薬事件、ケンウッド事件、北海道コカコーラボトリング事件、明治図書出版事件)の分析を行った。 その結果、従業員側は、育児を権利として捉え、〈人権〉というコードから自らの正当性を訴えていること、企業側は、転勤先での育児にかかる代替可能性を根拠に、異動配転命令の正当性を訴えるという構図が明らかとなった。ここには、両当事者の主張におけるある種の断層を見て取ることが可能である。また、裁判所は、子どもが病気や障害をわずらっている場合に、転勤に伴う不利益を特段の不利益として、従業員側の主張に与するという点も明らかとなった。 現在、ワーク・ライフ・バランスの重要性が各所から訴えられ、研究上も、経済学や経営学、家族社会学、労働社会学などを中心として、その重要性を説くものが蓄積されつつある。本研究は、こうした諸研究に対し、ワーク・ライフ・バランス、特に育児と仕事との関係を実際に従業員や企業といったステークホルダーはどのように捉えているのか、その意味にまでさかのぼって明らかにするものであり、教育社会学的にも強い意義をもつものといえる。
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