平成23年度には明治図書出版事件の分析及び調査結果の総括と研究成果の公表を計画していた。 育児を理由として転勤命令を拒否した明治図書出版事件の分析では、過去の判例と比べて、育児という言説の重みが増していること、その背景には育児というものの重要性を訴える言説が積み重なり、再帰的に本件における言説にも重みを付与したこと、男女共同参画社会の機運の高まりなど社会構造や社会意識の大きな変化があったことなどを明らかにした。また、研究が計画以上に進展したため、当初計画していなかったネスレ・ジャパン事件の分析を付け加えた。ネスレ・ジャパン事件は、親の介護を理由として転勤命令を拒否した事件で、これまでに分析してきた育児を巡る事件との比較対照として格好の題材である。ここでも、従業員側の主張が認められ、転勤命令の無効が言渡された。 平成22年度に行なった3件の分析及び平成23年度に行った上記2件の分析を総括すると、主に以下の点が明らかとなった。(1)ここ20年の間に、育児という言説のもつ重みが法的世界において確実に増大していること、(2)特に、育児や介護の対象者が疾病や障害を抱えている場合には、転勤命令よりも私生活上の事項が優先されること、(3)しかし、そうでない場合には、東亜ペイント事件最高裁判決の影響力が強く、いまだ労働者の私生活上の事項を軽視する傾向があること、(4)したがって、今後ワーク・ライフ・バランスの質を高めていくためには、「労働者の自己決定権」を中核に据えた法理を形成することが重要であること、などを明らかにした。 以上の研究成果を『判例に見るワーク・ライフ・バランスの意味を巡る構図』(櫂歌書房)として刊行し、公表した。
|