本年度はヒルベルト空間上の正値で対称なハミルトニアンが定める量子系の時間発展に対して無限次元空間上の線形作用素が定める力学系としての観点から研究を行った。特に興味があったのは、ハミルトニアンが離散スペクトルのみを持つ場合の測度論的考察と、特異連続なスペクトルを持つ場合の関数解析的考察である。前者においてはハミルトニアンのスペクトル構造から、そのシュレーディンガー群の定義されるヒルベルト空間上に自然にガウス測度が決定され、その積分分解によって自然にワイル変換の無限直積が導かれる。それによって量子系の時間発展に対する精緻な解析が可能となることが昨年までに示されていたが、今年度はエルゴード性の観点からそれをさらに精密なものとした。従来線形空間上の線形変換は力学系の理論の中ではさして重要とは考えられていなかったが、この成果によって無限次元空間では非自明で深い解析が可能であることが明らかとなり、また偏微分方程式が定める無限次元力学系としての様相も明らかなものとなった。さらに特異連続なスペクトルを持つ場合にはそのような測度論的な考察は現時点では不可能であるが、関数解析的な分析によって、相当程度一般といえる関数空間において、再帰性が決して成り立たないことを示すことができた。これは再帰性の観点から言えば、特異連続スペクトルは絶対連続スペクトルに近い挙動を示すことを意味しており、従来理解されてきた散乱理論の観点ではむしろ離散スペクトルに近いと考えられていたことをあわせると、きわめて重大で繊細な現象であるといえる。ただし、現時点では特異連続スペクトルに属す完全に一般の初期関数に対してこの性質が成り立つかどうかは不明なままである。
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