研究課題/領域番号 |
22740105
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
稲生 啓行 京都大学, 理学(系)研究科(研究院), 講師 (00362434)
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研究期間 (年度) |
2010-04-01 – 2014-03-31
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キーワード | 複素力学系 / tricorn / straightening map |
研究概要 |
多項式や有理関数の複素力学系の、複素2次元以上のパラメータ空間の構造を把握するのは難しい。その為1-パラメータ部分族を考えることが多いが、それとは別に反正則写像の1-パラメータ族を考えると、通常の1-パラメータ族と同様に数値計算で絵を描いて観察することは容易である。更に、反正則写像の2回合成は正則になる為、複素力学系の実解析的2-パラメータ族と考えることができ、実際1-パラメータ族では見られない現象が観察されている。Hubbard-Schleicher による、反正則二次多項式族においてMandelbrot集合に対応するtricornと呼ばれる集合が弧状連結でない、という結果を応用し、精度保証つき数値計算も用いることで、小tricornからtricornへ自然に定義される写像が連続にならない例があることを示した。これはMandelbrot集合の持つ自己相似性が、tricornに対しては成り立たないことを示している。また同じ手法で、実三次多項式族に現れる小tricornでもtricornと同相にならない例があることを示した。これらの研究は、tricornと小tricornたちが自明な場合を除いて全て互いに異なる可能性を示唆しており、計算機に頼らない証明が与えられないか研究を続けている。tricornは3次以上の多項式族の中に自然に現れるものであるため、このような一般的な結果は一般の多項式族の自己相似性に対する知見も与えることができる。 また宇敷氏のHenon写像の低い周期の周期点を代数的に求める手法を1変数三次多項式に適用することで、現在実三次多項式族の周期1、2の双曲成分の境界が代数的に記述可能であることがわかっている。実三次多項式族に表われる小tricornの中で周期1のものは例外的であり、この研究はこの例外的な小tricornの構造を決定する為にも必要なことである。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究の主な対象は、複素2次元以上の空間に埋めこまれた複雑なフラクタル集合であり、それらを理解することは非常に困難で、挑戦的な課題である。元々の本年度の研究計画にあったような可視化の試みについてはあまり進展させることができなかったが、一方で別に反正則な力学系の族を考えることで、2次元以上のパラメータ空間にしか現れない現象でも容易に数値的に捉えることができ、実際そのような現象が起きていることを精度保証付き数値計算もあわせて用いることで厳密に証明することができた。 このような精度保証付き数値計算の手法を数学的な抽象的な性質に対して用いる為には、数学的に十分な理論立てが必須であり、複素力学系の研究に対して用いられている事例はまだまだ少なく、今後このような手法が広まることで新しい知見が得られることも期待できる。 また数学的な部分に関しても、このような反正則な力学系の族の研究は、本来の研究対象である複素力学系のパラメータ空間に関する新たな知見を与えることが期待されるものである。なぜなら、ここで考えているtricornの族は実解析的な2次元の族として、自然に双2次多項式族(これは4次多項式族の複素2次元の部分族である)に埋めこまれる為である。今回得られた結果や、その先行結果であるHubbard-Schleicherによるtricornの非弧状連結性にはもちろん、それに関連して、小tricorn同士の関係や、外射線の非収束性などに関して多くの予想が得られており、このような点でも将来性の高い結果が得られたと自負している。
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今後の研究の推進方策 |
まずは、複素力学系や反正則力学系の1-パラメータ族についての研究を更に進めたい。より一般的な形でのtricornの非自己相似性を計算機に依存せずに示すことや、その元になっているHubbard-Schleicherの非弧状連結性の結果を応用して、小tricornの主双曲成分に収束する外射線が振動して収束しないことも示したい。また実三次多項式族のtricornに類似した正則1-パラメータ族には見られない構造、また臨界点が周期的な三次多項式の1-パラメータ族に関する正則1-パラメータ族に典型的な様々な構造と、それを用いた連結性や構造の組み合わせ的記述などについて研究したい。更には有理関数、特に二次有理関数族に関しても同様な1-パラメータ族の構造について研究できればと考えている。 それと同時に、複素2次元のパラメータ空間を可視化することに関しても、現在ある分岐測度を数値的に計算するプログラムをより精密化し、また密度を調整することで測度ではなく測度の台を正確に可視化することや、良い可視化の為の他の数学的もしくは(厳密ではない)近似的な記述についても研究を進めたい。最近のディスプレイの高解像度化はめざましく、また計算機の計算速度も向上している為、同じ方法を用いるだけでも今までのものより高精細に可視化することが可能になっている筈であり、このような環境を整えることがまず必要であると考えている。また複素2次元の可視化の為に現在用いている京都大学の宇敷氏のプログラムも高機能化が進んでいるし、分岐測度の台がMisiurewiczパラメータ集合の閉包に一致する、という結果もBuff-Epsteinなどによってより一般的な結果が得られており、このような結果を数値計算に応用する方法についても研究したい。
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