本研究の目的は、重イオン衝突反応としては最高衝突エネルギーであるLHCにおける反応のダイナミクスを包括的に記述することである。LHCは昨年度実験が始まり、すでにいくつかの興味深い実験結果が得られている。一方、これまでのエネルギーフロンティアであったRHICにおいて生成された高エネルギー密度の物質クォークグルーオンプラズマ(QGP)は完全流体的に振る舞うことが示されていた。そこで本研究のベースラインとしてまずはこのRHICで得られた描像がLHCにおいて成立するかどうかを調べた。初期条件にカラーグラス凝縮に基づく描像、及び、QGPに完全流体を仮定した場合、流体力学的振る舞いの指標となる楕円型フローはLHC衝突エネルギーの場合、RHICのそれと比べて、実験結果を大きく上回った。このことは単純にはLHCにおけるQGPの粘性の影響が大きいことを意味する。一方で、LHCにおいては大きなエネルギーを持つ多数のジェットが生成されることから、この寄与が楕円型フローを弱める可能性もある。これは当初の目的であるQGP流体とジェットの相互作用を取り入れた枠組みで検証する必要性を示唆している。
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