本研究の目的は、原子核中でのハドロンの性質の変化とQCDにおけるカイラル対称性の部分的回復の関係を定量的に明らかにし、核物質中でのカイラル対称性の部分的回復が実際の物理系でどのような役割をしているかを明らかにすることであった。 本年度は、カイラル有効理論を用いて、有限密度中のクォーク凝縮を線形密度近似を超えた範囲で計算を行った。その結果、密度2次以上の寄与を計算するといくつかのダイアグラムが発散することが分かった。この発散が生じる理由は、密度2次以上の寄与を計算するには、真空中のπN相互作用の情報だけでは十分でなく、真空中の2核子相関の情報を与える必要があるからである。また、同様な方法を用いて、π中間子の核物質中での性質の変化を調べた。これらの研究成果は、5月にポーランドのクラクフで行われた国際研究集会「Meson2012」などで発表を行った。 本年度のもう一つの主な研究実績は、η'中間子の核媒質中での質量変化をカイラル対称性の部分的回復を考慮にいれて研究をしたことである。UA(1)量子異常はカイラル対称性の破れを伴ってη'中間子に質量を与えているので、核媒質中ではη'の質量は小さくなることがわかり、この引力機構はカイラル対称性の自発的破れと密接に関係しているので、核子間のスカラーチャンネルに表れる引力と類似なものであることがわかった。また、η'中間子の質量の減少をより定量的に調べるため、線形σ模型を用いた研究も行った。これらの研究は、10月にバルセロナで行われた国際会議「HYP2012」などで成果報告を行い、また、この会議に前後して、ドイツのGSI(重イオン研究所)とミュンヘン工科大学でセミナーを行い成果を発表した。
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