研究課題/領域番号 |
22740172
|
研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
酒井 一博 京都大学, 基礎物理学研究所, 研究員 (10439242)
|
研究期間 (年度) |
2010-04-01 – 2014-03-31
|
キーワード | 弦理論 / ゲージ理論 / 可積分系 / 数理物理学 |
研究概要 |
ゲージ理論・弦理論の強結合領域における物理を可積分性を利用して定量的に解析する研究の一環として、本年度は6次元の場の理論であるE弦理論のBPS状態の分配関数を調べた。弦理論の発展によって明らかになった事実のひとつに、ラグランジアンから出発する定式化では見えてこなかった多数の非自明な場の量子論の存在が挙げられる。その中でもE弦理論は、6次元で最小の超対称性を持つ理論として最も構成の単純な場の理論である。 6次元E弦理論の空間2次元分をT^2にコンパクト化すると、低エネルギーでは4次元N=2超対称場の理論とみなすことができ、自然なBPS状態の分配関数がひとつ定義される。弦理論の双対性の議論から、このBPS分配関数は1/2 K3曲面の標準束の全体空間のなすCalabi-Yau多様体内の正則曲線の数え上げ母関数になっていることが分かっている。このE弦理論のBPS分配関数は、通常の4次元N=2ゲージ理論のそれと共通の性質を持ちながら、E_8型アフィンLie代数の対称性やモジュラー変換性などの新たな要素を含んでおり、数理物理学的な観点からも大変興味深い研究対象である。 通常の4次元N=2ゲージ理論の場合とは異なり、E弦理論のBPS分配関数を閉じた形で導出する一般的な枠組みは今のところ存在しない。対称性を利用してE弦理論のBPS分配関数を級数展開の形で求める試みが過去に行われてきたが、我々はNekrasov分配関数によく似た、E弦理論のBPS分配関数を陽に与えるコンパクトな表式を見いだした。我々はこの表式を実験から得たが、既存の方法で計算される級数展開を正しく再現し、期待される対称性を持つことを証明することで、その正当性を十分に検証した。このような単純で美しい表式が得られる理由は既存の計算法の枠組みでは説明できず、今回得られた結果は弦理論における未知の隠れた構造の解明につながると期待される。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
本研究ではゲージ理論・弦理論の強結合領域における物理を可積分性を利用して定量的に解析することを目指している。研究開始時点では特にグルーオン散乱振幅の計算に焦点を絞っていたが、強結合極限におけるグルーオン散乱振幅の計算法の主要な部分については研究期間全体の比較的初期の段階で一般的な枠組みを確立することができた。この研究を通じて、可積分性を利用した解析は散乱振幅の計算にとどまらずより一般にゲージ理論・弦理論の強結合領域を調べるのに使えるのではないかとの着想を得た。そこで本研究の後半では全く別の文脈で弦理論の本質的に強結合の性質をとらえている例であるE弦理論のスペクトルを調べ、やはり可積分性による定量的解析が有効であることを確認した。
|
今後の研究の推進方策 |
今後は引き続き、より一般のゲージ理論・弦理論の強結合領域において可積分性を利用した解析を試みる。弦理論はその源となるM理論から導かれると考えられている。M理論に現れる物体にはM2ブレーンとM5ブレーンがあるが、特にM2ブレーン上の励起を記述する理論を中心に、ここ数年M理論の理解が急速に進展している。そこで本研究の残りの期間ではM理論における可積分性の定式化およびその応用を主眼において研究を進める。
|