研究概要 |
本研究の目的は、陽子と比べて中性子を多く持つ原子核(中性子過剰核)の表面に存在すると考えられている中性子の層(中性子スキン)の厚さを測定する手法を開発することである。この手法における着眼点は、原子核の中性子分布と陽子分布の差に敏感であると期待される「アイソスピン反転陽子弾性散乱」を用いることである。そこで、陽子や中性子が原子核内でどのように分布しているかあらかじめ分かっている錫の安定同位体(錫120,錫116)を対象として、中性子スキンの効果が上記の散乱にどのように寄与するのか調べるための原理検証実験を行うた。 実験は、大阪大学核物理研究センターにおける入射エネルギー170MeVのスピン偏極陽子ビームを用いて行った。標的には、高純度の錫同位体の粉末を溶解・圧延して作成した薄膜状の物質を用いた。入射陽子は標的中の錫原子核と電荷を交換し、中性子として放出される。中性子は、100mの長さのトンネルの下流に設置した高分解能中性子検出器NPOL3を用いて検出し、その飛行時間から運動エネルギーを決定した。これにより、原子核の励起エネルギーを350keVという高分解能で導出し、アイソスピン反転弾性散乱のイベントを精度良く識別することに成功した。 散乱の微分断面積を運動量移行の関数としてプロットすると、最も単純に考えればその勾配は陽子と中性子の分布の差の大きさ(平均二乗半径)を反映すると期待される。錫120の微分断面積の勾配は錫116の場合と比べて4%ほど大きく、錫120の方が中性子スキンが厚いという既存の実験事実と矛盾しない。このように単純な解析からは中性子スキン厚決定手法としの可能性を期待される結果が得られたが、より定量的な結論を得るため、次年度は微視的理論に基づく詳細な理論解析を行う。
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